calantheの風景

谷町四丁目の日々の風景。



去年の今頃、
宮大工の方から、沢山の木と道具を頂いた。
1人では持てないくらいの大きな欅の塊。上品な柾目の尾州檜。
一生困らないほどの量の鑿。いろんなかたちをした鉋。それに、手斧。

大きな欅の塊から、扉を2枚つくった。
テーブルの天板にできる程の幅を縦に割って扉の枠に。
きっと、書院棚になる予定だった板を半分に割り鏡板に。
上下の部材も、ひと塊りから取り、
そうして、2つの扉は出来上がりました。

譲っていただいた鑿を叩き、
譲っていただいた鉋で削り、
木を運び出すのを手伝ってくださった方のところへ、扉を届けました。

年季の入った道具を見て、
年季の入っていない、僕の道具を見て、
生前されていたお仕事に、いつか少しでも近づく日を楽しみに、今の精一杯で、欅という木に向かいました。

持ち手は、銅製です。
4つのかたちを考えて、結局、ごくごく普通の持ち手となりました。
それでよかったんだと思います。
4つの可能性が生まれたこと、ただ、それがよかったんだと思います。

扉には、そんな物語があるのです。

木は、木地のままです。
キラキラと輝いています。
雨が当たれば、染みになり、日に焼け、
いつか、真っ黒の門戸のような風格になるでしょう。

持ち手も、素のままです。
ピカピカと輝いています。
一度握れば、手の跡が付きます。
沢山の人に触れてもらい、いつの日か、奈良の大仏さまのような色味を帯びるでしょう。

その場所に、相応しい材料があると思います。
ここには、欅が最も相応しく、銅がそれに最も相応しかったのです。




201812292201553d1.jpeg





  1. 2018/12/29(土) 22:04:02|
  2. 小風景